避妊・去勢手術(犬編)

 望まない妊娠を防ぐ一番の方法は不妊手術(♂は去勢、♀は避妊)を受けることです。
 避妊手術とは一般的に、卵巣と子宮を取ってしまう手術(卵巣子宮摘出術)です。これによって永久的に不妊(妊娠しない)となり、基本的に発情もなくなります。
 去勢手術とは一般に、精巣(睾丸)を取ってしまう手術(睾丸摘出術)です。

sentiment_satisfied_alt
なぜ、獣医さん達は早期の避妊手術を勧めるのか?

 ワンちゃんの場合、オッパイにしこり(乳腺腫瘍)ができると約半分が悪性(癌)で半分は良性の腫瘍と言われています。この乳腺腫瘍はホルモンとの関係が分かっていて、最初の発情前に避妊した雌では、避妊していない雌と比べ相対リスクが0.5%、2回目の発情前に避妊し場合8.0%。2回目の発情以降に避妊したら26.0%で明らかに違うことが報告されています[1]。但し、2.5歳以降で避妊してもその効果はありません。このことが、仔犬を生ませる予定がなければ一度も発情が来る前に、もしくはできるけ早く避妊手術をした方がいいという根拠になっています。なぜなら乳腺腫瘍は雌犬の腫瘍の約50%をしめるほど最も多い腫瘍だからです。これが多くの動物病院で早期の避妊手術が勧められる大きな理由です。但し、この論文自体は非常に古いもので、エビデンスは弱いとされています[2]。その他の研究でもいくつか避妊手術をすることで乳癌の発生率が明らかに低いとの報告もあります[3]。また、避妊手術をしない習慣の強いスウェーデンでは10歳までに犬の13%が乳腺腫瘍、19%が子宮蓄膿症(どちらか片方もしくは両方は30%)になると報告されています[4]

 まあ、しかし何も避妊手術は乳腺腫瘍の予防だけでするわけではありません。他の要因もたくさんあります。どんなことにもメリット、デメリットがあります。また犬種や犬の体格なども影響しますので、それらを踏まえたうえで、するかしないか? するならいつするか?の結論をだされればいいかと思います。ただ、やはり私は一般のペットオーナーの方であれば避妊や去勢は早めにしたほうがメリットが大きいとは考えますし(大型や超大型犬を除く)、我が家の愛犬達にも早期に避妊・去勢手術を実施します。
 現在はペットが長生きする時代です。長生きすればそれだけ腫瘍の発生リスクは高くなります。早期に避妊手術をされるとより効果的です。「1度生ませてからがいい」なんていう根拠のない無責任なことを言う人がいますが、それでワンちゃんや猫ちゃんが得られる利点は何もありません。

不妊・去勢手術の主な利点と欠点

避妊手術 去勢手術
利点
  • 望まない妊娠がなくなる
  • 卵巣や子宮の病気や乳腺腫瘍などの予防[1][3][4]
  • 糖尿病のリスクを減らせる
  • 発情期特有の困った行動がなくなる(大きな鳴き声、トイレ以外での排尿、 外に出たがる、神経質になる等 犬では発情に伴う出血もなくなる)
  • 平均寿命が(26.3%[3])伸びる[5]
  • 精巣や前立腺(前立腺肥大、前立腺炎)、会陰へリニア、肛門周囲の病気の予防
  • メスへの興味による性的ストレスの軽減
  • 発情期特有の困った行動がなくなる
    (大きな鳴き声、無駄吠え、マーキング 、ケンカ、攻撃性、脱走など)
  • 平均寿命が(13.8%[3])伸びる[5]
欠点
  • 手術には全身麻酔のリスクがあるが、適切な麻酔管理で軽減できる
  • 肥満傾向になるが、適切な食餌管理と運動で防げる
    ※メスではホルモン反応性尿失禁が起きる場合があるが(特に大型犬で生後6ヶ月以内の避妊手術[6])、治療できる
  • 一部の腫瘍(リンパ腫、肥満細胞腫、血管肉腫、前立腺癌、骨肉腫のリスク2倍[10][7][8]、免疫介在性疾患のリスクが増加するかもしれない[3]
  • 大型〜超大型犬の一部(ゴールデンレトリバー[9]、ラブラドールレトリバー、ジャーマンシェパードドッグ など)では特に若齢(生後6ヶ月以内)での不妊手術で関節疾患(股関節形成不全前十字靭帯断裂、肘関節異形成など)が2〜4倍に増加すると報告されています[7][8]。しかし、小型犬種ではこの傾向は見られていません。犬種や体重別で知りたい方は以下をご覧ください。
    犬種による不妊(去勢・避妊)手術推奨時期ガイドライン
  • 甲状腺機能低下症は未不妊手術犬よりも避妊・去勢をした犬に多く見られると言われている。
  • 去勢された雄犬はシュウ酸カルシウム結石のリスクが高い[11]

壱岐動物病院における避妊・去勢手術の流れ

 当院では「安全・確実」に避妊・去勢手術を行うために次のような流れで行っています。ペットオーナーの皆様もご理解とご協力をよろしくお願いします。
  1. 手術説明・健康チェック
     通常、事前に健康状態・既往歴・ワクチン歴を確認させて頂きます。その上で手術が出来る体調かどうかを判断します。混合ワクチン未接種の場合はワクチンプログラム終了後のご予約となります
  2. 手術日の決定
    避妊・去勢手術は完全予約制です。事前に日程を調整し、ご予約頂きます。(電話などで可能です)
  3. 手術前日
    手術前日は夕食は与えて頂いて構いません。但し、夕食後は追加の食事やおやつなど食べ物を与えないでください水はいつもとおりで大丈夫です
  4. 手術当日
     朝食・水共に与えないようにお願いいたします。(麻酔の際、胃内容物の逆流で誤嚥を防ぐためです)健康状態に変わりがないことを確認して午前09:30までにご来院ください。遅れる場合は必ずご連絡ください。連絡なく無断キャンセルされた場合は所定のキャンセル料を申し受けます。
    手術の同意書にご記入頂き、預けてお帰り頂きます。
  5. 手術
    健康チェック、手術前の血液検査血液化学検査のチェックなどを行い、異常が無ければ予定通り全身麻酔(全身麻酔のリスクなどについて)で手術を施します。手術前のチェックで異常がみつかった場合は、お電話でご連絡します。血液検査血液化学検査の結果報告書は退院時に必ずお渡しします。
    なお、採血や点滴のために前足などと手術のためにお腹の毛を剃毛しますのでご了承下さい。
    通常、雄(オス)は日帰り、雌(メス)は一泊となります。
  6. 退院・自宅管理
    退院時に退院後の管理の説明を行います。また抗生剤の服用を3〜5日間お願いしております。
    帰宅後は激しい運動、シャンプーなどを1週間ほど避けてください。その他は通常通りで構いません。
    帰宅後ご自宅で管理できないという場合は延泊も可能です。但し、所定の延泊料を申し受けます。詳しくはお気軽にご相談ください。
    ※当院の手術では抜糸の必要ない体に吸収される縫合糸を使用しておりますので、抜糸や付替え、消毒などは一切必要ありません。
    また、手術後の食事管理も大切です。避妊去勢手術をしたら太るというのはきちんと手術後の食事管理をしないことも一つの要因です。以下の動画も参考に正しい知識を持って管理してあげましょう。当院では食事の相談も受け付けています。お気軽にご相談ください。
ニュータードケア犬

▲上記の療法食は当院でも購入可能です(注文の場合もあります)し、オンラインでのご購入可能です。必要な方は専用の病院コードを発行致しますので、当院受付でお申し出ください。


help_outline
避妊手術と去勢手術では入院が必要ですか?
 避妊手術に関しましては当院では動物の負担を考え、傷が小さい小切手術による卵巣子宮摘出術を行っておりますが、全身麻酔からの回復や手術後の経過を観察するために1泊入院とさせて頂きます。

去勢手術は全身麻酔を行いますが、開腹することはないので、日帰り入院により対応しております。


help_outline
多頭飼育で前日の絶食ができません?
 前日の絶食ができない場合は、別途宿泊料金が加算されますが、手術前日からの入院も可能です。また、手術後の管理がご家庭でできない場合も延泊をお引き受けしております。お気軽にご予約ください。


help_outline
何人のスタッフで手術していますか?
 当院では不妊手術であっても安全に手術を行うために最低でも3名以上で行います。また、モニタ心電計やパルスオキシメーターなどの医療機器によりモニターを行いながら手術をします。


help_outline
避妊手術の傷はどれくらいですか?
 当院では通常問題(妊娠や子宮の疾患、肥満など)がなければ小切開手術と言われる小さな傷(犬の大きさなどにもよりますが、1〜数cmほど)で手術を行う手術法を選択しています。傷が小さければそれだけ体の負担は少なくなります。また、皮膚に縫合糸を出さない縫い方をしますので、通常手術後にエリザベスカラーや術後服を用いる必要もありません。

library_books
参考文献・資料等
  1. Factors Influencing Canine Mammary Cancer Development and Postsurgical Survival
  2. The effect of neutering on the risk of mammary tumours in dogs – a systematic review
  3. Reproductive Capability Is Associated with Lifespan and Cause of Death in Companion Dogs
  4. Breed Variations in the Incidence of Pyometra and Mammary Tumours in Swedish Dogs
  5. Risk Factors Associated with Lifespan in Pet Dogs Evaluated in Primary Care Veterinary Hospitals
  6. Associations between neutering and early‐onset urinary incontinence in UK bitches under primary veterinary care
  7. Assisting Decision-Making on Age of Neutering for 35 Breeds of Dogs: Associated Joint Disorders, Cancers, and Urinary Incontinence
  8. Assisting Decision-Making on Age of Neutering for Mixed Breed Dogs of Five Weight Categories: Associated Joint Disorders and Cancers
  9. Neutering Dogs: Effects on Joint Disorders and Cancers in Golden Retrievers
  10. Host related risk factors for canine osteosarcoma
  11. Urolithiasis in dogs: Evaluation of trends in urolith composition and risk factors (2006-2018)


<1>犬の腹腔鏡下卵巣子宮摘出術と卵巣子宮摘出術の比較
<2>早期の避妊・去勢術:臨床的な考慮
<3>なぜ飼い主はペットに避妊または去勢術を施さないのか?
<4>犬猫に避妊・去勢手術を施す時期について: ニューヨーク州の獣医師の考えと実践の調査
<5>卵巣子宮全摘出術vs卵巣摘出術を受けた健康な犬における手術に関する変数と短期の術後合併症の比較
<6>外科概論:犬の腹腔鏡および腹腔鏡下卵巣子宮全摘出術および卵巣摘出術
<7>犬の卵巣切除術と卵巣子宮切除術との合理的選択:両術式の利点の考察
<8>犬において腹部正中切開および結紮術とハーモニック・スカルペルを用いた腹腔鏡手術による卵巣子宮摘出術後の疼痛の比較
<9>犬の開腹による卵巣子宮摘出術と腹腔鏡による卵巣子宮摘出術簡便法における手術時間、合併症、ストレス、疼痛に関する比較
<10>犬の腹腔鏡下卵巣子宮摘出術と卵巣子宮摘出術の比較
<11>犬の卵巣子宮摘出後において、フェンタニル、リドカイン、ケタミン、デクスメデトミジンの各単剤、またはリドカイン-ケタミン-デクスメデトミジンを併用して定速注入した場合の術後鎮痛効果

[WR21,VQ21:]